介護職員による介護職員の為の痴話

皆様はじめまして。
私のブログに少しでも興味を持って頂きまして
ありがとうございます。

私は福祉業界で働き10年。児童から介護まで携わって
まいりました。現在は介護職員として働いております。

介護施設で働く介護職員の皆様は、日頃、様々な想いを
抱きながら働いておられる事と思います。

 そこで、介護職員目線で客観的又は主観的にと様々な
ことを記事にできればと思っています。
そこには、笑い話から真剣な話し、便利グッズ等など、
出来るだけ多角的で公益的になるようになればと思って
おります。

また、このブログを通じて皆さまのお知恵を頂き、なお
精進できるようにと思っております。

特養が内部崩壊?その①

ゴンちゃんです。

みなさん、毎日のお仕事お疲れ様です。


お仕事が終わってやれやれ。。。ちょっとお酒でも。
仕事終わりの一服も最高ですよね。


さて、テーマにもありますように、特養が内部崩壊する事実がある
話をしていきたい思います。


会社で言う、倒産に近いものでしょう。


介護施設で順風満帆に運営されている所を知りません。
あるのかも知れませんが、出会ったことがありませんので
個人的な見解が強い内容としてとらえて下さい。


いきなり核心に近い事を言いますと
「現場職員を馬鹿にする、見下す運営者がいる施設は倒産する可能性、または
人材不足や人材育成に非常に難を示す可能性が高い。」と申しておきましょう。


よく、お客様は神様だ。という言葉を耳にします。
お客様がいなければ、根本的に経営が成り立たないという意味です。


その次に、社長を先頭について来てくれる職員が、社員がいなければ、いくら
お客が大勢来ようともさばききれないものです。


では、人材を増やせばいいのではないか?


確かに、人材を増やせばいいのです。


しかし、それは、介護世界では通用しないのです。介護の世界は人材が来ません。
着ても、施設側の欲しい条件ではない事が多いのです。


つまりは、介護施設は、嫌でもお客は来るのです。特に特養や老健等の施設は。


問題は、「職員の確保」です。


経営者は、介護職員を底辺と見なす傾向が非常に高いです。すぐに補充できるとも思う
アホ丸出しな経営者も多いのです。(※実話)
そういう施設の内状は、様々な欠陥が多いものです。


ここで、一つ一つ書き出していく前に、この文章を見てうなずかれている方も
多いかと思います。


どうして、ここまで私は強く書けるのか。それは、実際に2度も経験しているからです。


介護施設ほど、まだまだ日本では認知されているように思わせておいて、実際は
何一つ、社会には認知されていない世界は無いと私は思います。
それを、何一つ知らない。つまりは、現場を知らずして、どうして現場の人間を
操作できるのか?その挙句、虐待施設、無関心施設、作業中心施設等の劣悪施設が
横行していく。それは何故なのか?現場が悪いのか?経営側が悪いのか?
その少しのズレが大きくなっていく。


これは、ぜひ、利用者の家族にも知っておいてほしい、現在の介護現場の実情である
と思います。
また、そのような現場と知らない。
いや、知ろうともしない。それこそ、親の面倒というものを真剣に考えていない。
「施設を信用して預けいてる」
児童を預かる学校と勘違いしている。


「老人」を預かる老人ホームは世間で騒がれはしているが、そこまで
本気で、真剣に考えている、現場が考えている。給料にも反映されている
そこまで人材が育って、国中が力を入れている。日本国中が本当に考えている
とは思えない。


児童>老人


だって、先が短いんだから。


このように平気で言える人が多いのです。生産できない人間。人生の末期。
このような世界観が内部崩壊を加速させていく。


それを現場が、経営者が背負っていく。


現場の人間以外、本当の現場を知り得ないのに、うんちくを言う政治家や県会議員、市議会議員。


これらの様々な要因を絡めて書いていきたいと思います。

介護職員の誇りは何?

ゴンちゃんです。

介護職員の皆様、本日もお仕事お疲れ様です。


さて、今回は「介護職員の誇りは何?」というお題を医療職と絡めながら話を
進めていきたいと思います。その先に、何が見えてくるのでしょうか。



介護職員の専門性、誇り・プライドとは何?と問われて即答できますでしょうか。
私の勤める特養では、殆どの方は即答できませんでした。


介護職員は医療の知識、技術を持っている訳でもない。医療の権限も与えられていない。
施設では無資格者で更には無勉強者までいる。
かといって、福祉施設に於いては、看護助手でもない。ん~、、訳が分からない。


そういえば、どこの施設でもいませんか?「知ったかぶりの医療知識を持っている
介護職員」が・・・。例えば、薬の名前、作用と副作用は知っているが禁忌事項や
アレルギー、飲み合わせ、疾病との絡み等まで当然知らない。
これは非常に無責任なことです。医療を低くみているのです。つまりは、命やその人の
人生、人格等も低くみていることに気が付いていない。そして、家族、医師、看護師にも大変
失礼なことです。他にも色々あり、切りが無い程です。


ただ、医療の知識が多い介護職員は頼もしいですよね。心強い。


のですが、どこかズレている職員が多いのは何故でしょう。


医療の知識が増えると勘違いしてくる人が多いんです。


介護職員は、医療の知識が必要だ。ここまでは「大正解」です。しかし、
あくまで、異変に気付く力、精神・身体を気遣う力を少しでも底上げする為のものであって、
診断や方針等は、医師や看護師等の医療職の分野になるのです。


便秘がちな利用者に対して、看護師に相談無く「はい、多量の普通便が出ました。
腹圧介助をしたら沢山。びっくりしました。」等と報告。


いやいや、だれが腹圧介助しても良いと判断したんだ?お前は医学を勉強したのか?


また、何でも看護師に連絡、相談をする介護職員を疎ましく思う看護師がいるのも
また事実。
「そんなことまで連絡しなくても良い。」「それくらい分かるでしょ?!」的な。
それが、介護職員が看護師に報告しなくなってきて、勝手な判断、医療的行為に手を
染め、勘違いが始まるのです。


話を進めます。


 貴方は「看護師になりたい」「介護職員より看護師の方が介護が出来る」と
思った事はありますか?実は、ここが核たる部分です。


看護師になった方が介護が出来る・・・と心の奥底で思っている人は、どうぞ看護師の
専門学校、大学へ進学して下さい。このように思う人程、「介護職員の誇りは何?」と
即答できない人が多いように感じます。また、専門性も分からないでしょう。


そう、介護の世界を「医療的視点でサポートする」のか「※福祉※の視点でサポートする」
のか、この立ち位置がしっかり確立している職員は即答できると思います。


福祉の分野であれば、児童養護施設であれば、ご飯を作ったり、お弁当を作ったり、
洗濯、掃除、と言ったまさにお父さん、お母さんの代わりをする仕事です。
老人ホームもそうです。介護は、そこに高齢者の精神・身体に気を使う部分が少し
増えるだけであって、特別脚光を浴びる世界ではありません。
最期を迎える場所でもありますから、医師、看護師、ケアマネ、栄養士等と連携が必要なってきます。


しかし、「お父さんやお母さんの代わり」といった子どもの世界に合わせてみれば、
介護は「利用者の家族の代わりに」という・・・ここに喜びや楽しさを見出せるかどうかなの
だと思います。


介護福祉の視点は「その人らしい日常生活を一緒に過ごしながら守る」ということです。
ここに喜びを見出せない介護職員の腹の中はこのような不満だらけです。


・看護師は良いよなぁ。。。給料、地位、介護職員を顎で使う、上司、、、これらに対する
 嫉妬や不満。そして、介護職員を馬鹿にするんじゃないと一人憤る。このようなタイプ
 いませんか?不満なら介護を辞めれば良いのです。看護師を目指せばよいのです。


介護職員は、その人の日常を出来るだけ安全、安楽、そして楽しく、大きな変化が無く(無理なく)
過ごせるようサポートする存在に尽きます。


たくさん書きましたが、誇りに感じるものは、人それぞれでしょう。
介護職員だから何も出来ないと思いこむものもないのだと思います。

介護職員は1割の人生を背負う

ゴンちゃんです。

現場の介護職員の皆さまこんばんは。日頃のお勤めお疲れ様です。


今日は、タイトルにありますように「介護職員は、利用者の人生の1割を背負う」者という
テーマで進めます。


なんじゃそれ?と思うかもしれません。


介護職員は低能と言われます。でも利用者の人生を背負っている。
人生=日常生活を支えていると言う事です。


人生の終盤に差し掛かり、最期になる数年を介護職員と過ごす訳です。この時期には
血を分けあった家族より、他人の介護職員と色濃く共に過ごしていく訳です。


世間は介護職員を低能と言いますが、人の人生、一生の締めくくりを誰が責任を持って
行くのか?それは家族ではありません。介護職員・看護師です。ですから決して
低能ではありません。


それを認めたくなければ、家族の方。。。どうぞ、あなたが最期まで看るべきです。



さて、介護職員は、介護をどういうスタンスで看ていくべきか?


固難しい理論はありますが・・・すっごくシンプルに核心に迫るべき唯一の事。それは、。



「家族がその利用者の人生の9割を理解すれば良い。」「しかし、介護職員はその人の
最期の1割を家族に代わり理解すれば良い。」です。



両親を施設に預ける。。。それは、その両親を放棄したようなものです。
とってもヒドイ言い方ですが。現実そうせざるを得なかったのでしょうから。
介護職員はそれらを理解し、受け入れて家族、利用者と相互に看ていく訳です。


お金を払って、親の面倒を見て貰う訳です。どんな理屈を並べても、現実はそうです。


介護職員は、どんな屁理屈を言っても、利用者、家族の人生の大切な、最期の1割を
理解する、飾る、締めくくるキーパーソンになる訳です。


若い介護職員には理解が難しいかも知れませんが、40代、50代となって
貴方が、もう人生を逆算して生きる頃になれば理解できる事なのです。


1割と書きましたが、決して短いとか長いとかの問題はだけではありません。


貴方が、人生の最後に出会いたい、看取って欲しい、世話をしてほしい人はどのような
人物でしょうか?


貴方は、利用者からお金を頂いて働いて下さっています。お金を貰って、いい加減な
介護しているのでしょうか?そのような人に賃金など出せません。


それ程に、人の人生は重いものなのです。